奇妙な果実
1940年代に大ヒットとなった異色の名曲である。1939年にルイス・アレンという詩人が綴った「Strange Fruit」という詩に心を大きく動かされ、ビリー自身の作詞によって発表された楽曲であるだが、この曲は人種の差別から発生したリンチによって黒人が殺害され、死体を木からつるされている様子を詩に綴ったものである。残酷で悍ましい当時のアメリカの象徴的な光景であるが、ビリーはその詩の中に実父の最期を見たような気がしたのであった。彼女自身の自伝の中で「It wasn't the pneumonia that killed him, it was Dallas Texas(父が死んだのは病気ではなく、人種の差別による殺人である。)」と綴っている。この件に関する事実関係であるが、1937年3月ビリーの父は巡業先で風邪をこじらし肺炎を併発したのであるが、治療を受けるため病院を訪れるがどこに於いても拒絶され、その後命を落とした。この事件に対する思いが楽曲創作のエネルギーとなって全米で大ヒットとなったのではないかといわれている。当時、バンドから独立してニューヨークに戻り、「カフェ・ソサエティ(“Cafe Society”)」の専属歌手として働く彼女の逸話から、ビリーの思いが数多く伝わってくるのである。


