1915~1927年

ビリーの1918年代のプロフィール写真

ビリー・ホリデイは1915年にフィラデルフィアでセイディ・フェイガン(19歳)を母としそのもとで生まれ、メリーランド州ボルチモアのフェルズ・ポイント地区で母子家庭によって育てられる。本名はエリノラ・フェイガン・ゴフ。父はクラレンス・ホリデイ17歳とされているが、母であるセイディがエリノラに告げていた事実があったに過ぎず、情報としては非常に曖昧である。後の彼女の歌手名であるホリデイはこの名前に由来しているようだ。自伝である『レディ・シングス・ザ・ブルース』には15歳の父と13歳の母という「子どものような」ふたりが結婚し、自分はその間に生まれたとされているが、歌手としてのイメージを表現するにあたって捏造された話のひとつであることが近年になってジャーナリストの調べによって明らかになっている。

母親のセイディは娘の面倒を見ることは殆どなく、ボルチモアで職を転々とし、合間を縫ってはニューヨークにて売春行為にふけっていたという。その傍らで育ったエリノラは親族の家を転々とし、日々の生活は従姉からの虐待などによって悲惨な状況であったらしく、心的障害である無言症を幾度も発症しているという。
1926年に11才になったエリノラは近所の男に強姦され犯人は捕まるが、警察のはからいによって彼女は施設「よきヒツジ飼いの家」に送致される。しかし、この施設は更正の場と謳われていたが、内情は虐待や暴行が日常茶飯事のように行われ、しかも事実上の感化院であった。

ビリー・ホリディー|プロフィール

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