寂光

日野皓正の音楽活動の歴史を紐解くと、弟でありドラマーでもある日野元彦の存在が重要な部分で発展のファクターとなったように感じている。そして、いまだ彼はドラマーとの合体によるサウンドに拘り、以前からその存在の発掘に意欲をもやしていた。そしてその後、和丸という名の少年と出会い、中学を出たばかりの沖縄の離れ小島の少年にその才能の可能性を感じているようである。
さて、今回のアルバムは充分な充電期間をとり、まさにその成果を自己に確認させるごとく練られた作品を展開しているようだ。しかし、文頭でものべたように、一番の拘り部分がドラマーの和丸であり、2005年にはその優れた才能を和丸の両親に伝え、ジャズ界入りを進めていたらしく、無限の可能性を秘めた少年をスカウトし、その後の第一作ということなので、大変きびしい耳でこの作品を聴くはめになってしまったのである。

ところで、今回の作品のイメージを象徴するジャケット・プロフィール写真であるが、率直な感想をいうと、日野皓正というアーティストは、従来の日本の身分制度で言えば、士農工商芸の「芸」の身分での場の追求であり、ジャケットプロフィール写真に於いても、ディフィーズマテリアルに柔らかな光が当て、ある意味において不可解で思わせぶりなイメージの写真をこのアルバムのサウンドの象徴にしている。タイトルも「寂光?」。筆者は常日頃ミュージシャンには階級があると思っている。しかし、現在の日野では「芸」が浅すぎてこのようなジャケットフォトは彼自身の作品としての表現には不適当であるように思えてならない。もう一度自分の立場や力量を謙虚な目で見直してほしいと感じた一枚のプロフィール写真であった。